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日本人が最低限知っておいてほしい大東亜戦争~その3~

大東亜戦争で、日本に全く非が無かったとは言えません。
しかし、日本だけに非があったとするのは戦勝国の一方的な断罪であり、
日本だけが戦争の加害者では絶対にないのです。

「日本人が最低限知っておいてほしい大東亜戦争~その2~」に引き続き、
日本人として知るべき「あの戦争」は、こうであったと考えます。



●戦後・極東軍事裁判(東京裁判)に関する問題

日本は、1945年8月14日、ポツダム宣言を受諾し敗戦しました。
(国民に対する発表は8月15日、調印は9月2日)

ポツダム宣言に基づき、戦争犯罪者の逮捕・裁判が行われました。

この極東軍事裁判は、
裁判とは名ばかりの一方的に敗戦国日本を裁き、断罪するものでした。
勝者の戦争犯罪については一切不問とされ、
証人の全てに偽証罪も問われず、法の不遡及も保証されませんでした。

東京裁判は、単なる一方的な復讐の儀式であるとし、
国際法の専門家の間では本裁判に対しては否定的です。

日本は侵略戦争を行ったと、非難されますが、
ダグラス・マッカーサー(GHQ最高司令官)は後日、
1951年の米上院軍事外交合同委員会の公聴会で、

「日本には資源が全くない。その供給を維持する為、安全保障の為、戦争を決断した。」

と述べました。

日本が行った戦争行為は全て戦争犯罪と断罪され、連合国の戦争犯罪は、
アメリカの日本国民(一般市民)への無差別爆撃も、原子爆弾も、捕虜の不当な扱いも、
中華民国の日本人に対する虐殺も、
ソ連の日本人避難民虐殺も、全てが調査されず不起訴になっています。

日本人は、極東軍事裁判において、この人の名前だけは覚えておいて欲しいと思います。

ラダ・ビノード・パル(極東国際軍事裁判判事・法学博士)(パール判事)

パル判事は、

「裁判憲章の平和に対する罪、人道に対する罪は事後法であり、国際法上、日本を有罪であるとする根拠自体が成立しない」

と判断、

「裁判の方向性が予め決定づけられており、判決ありきの茶番劇である」

との主旨でこの裁判そのものを批判し、被告の全員無罪を主張しました。

また後日、パル判事は、

「要するに彼ら(欧米諸国)は日本が侵略戦争を行ったということを
歴史にとどめることによって、自分らのアジア侵略の正当性を誇示すると同時に、
日本の一七年間(昭和3-20年、東京裁判の審理期間)の
一切を罪悪と烙印する事が目的であったにちがいない。

・・・・私は1928年から1945年までの一七年間の歴史を二年七ヶ月かかって調べた。
この中には、おそらく日本人の知らなかった問題もある。
それを私は判決文の中に綴った。
その私の歴史を読めば、
欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であるということがわかるはずだ。

それなのに、あなた方は自分らの子弟に、
「日本は罪を犯したのだ」「日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ」を教えている。
満州事変から大東亜戦争にいたる真実の歴史を、
どうか私の判決文を通して十分研究していただきたい。

日本の子弟がゆがめられた罪悪感を背負って、
卑屈、頽廃に流されていくのを私は平然として見過ごすわけにはゆかない。

あやまられた彼らの宣伝の欺瞞を払拭せよ。
あやまられた歴史は書き変えなければならない。」
(1952年11月5日 広島高等裁判所での講演)

とも述べています。

これら、一方的に裁かれた日本人は、
A・B・C級戦犯とされ、1000名以上が死刑・終身刑に処されました。

サンフランシスコ講和条約で、日本政府は東京裁判の判決を受諾しています。

国際法に背いた東京裁判は全面的に認められなく、一方的に敗戦国を裁いた行為とすれば、
そこに戦争犯罪人はなく、靖国神社に合祀されていることを非難すべきではありません。
また、東京裁判自体を認める場合、戦争犯罪人は、既に刑を執行されており、
非難や糾弾の対象ではなく、法の定める全ての権利を回復していると言えるので、
同様に靖国神社に合祀されていることを非難すべきではありません。

パル判事の他にも、東京裁判を否定している方々がいます。


・ヘレン・ミアーズ(アメリカ東洋学者)
「いかなる大国も日本を処断できるほど潔白でない。」
(アメリカの鏡・日本)

          ◇

・チャールズ・ウィロビー
「この裁判は史上最悪の偽善だった。こんな裁判が行われたので、息子には軍人になることを禁止するつもりだ。
 日本がおかれていた状況と同じ状況に置かれたのなら、アメリカも日本と同様に戦争に出たに違いない。」
(オランダ代表のベルト・レーリンク判事との対話)


戦争犯罪者として裁かれた、日本人の償いは済んでいます。
一方的な復讐さながらの断罪に、日本人は日本人に対し、
欧米人や根拠もなく騒ぎ立てる支那人、
朝鮮人と同様に、いつまでも戦争の罪に縛り付けるのですか?



●大東亜戦争の歴史捏造問題

戦争犯罪について、償いが済んでいる日本に対し、
今もなお、歴史の歪曲、捏造を繰り返し、謝罪と賠償を要求する国があります。

今日まで、捏造された日本軍の悪行は、日本国内のみならず世界中に出回っています。
捏造に対し、正当性のある資料を持ち出し、それを批判しても、
正当性のある資料を捏造だと一方的に否定され、
捏造資料を元に、正当性のある資料が批判される始末です。

代表的な捏造された、事象、情報は、
南京大虐殺、従軍慰安婦、強制連行、日本軍による強姦などが挙げられます。

資料の捏造を暴き、正当性のある資料を用意するには時間がかかります。
しかし、捏造する側は証言と称し、いくらでもそれを捏造することが可能です。

どれだけ捏造資料を否定しようが、
イタチごっこにもならないほど、捏造資料、情報の拡散は早いのです。

それは、日本を批判する国が行っているばかりではありません。
日本国内にも、その拡散を行っている人達がいます。

戦後GHQによって、戦後自虐史観による教育を植え付けられた日本人も、
捏造を捏造と知らぬまま、情報を鵜呑みにし、拡散しています。

各地にある、平和祈念館などにも捏造された資料はあります。
一部の有識者が、資料の不当性を訴え、撤去を要求する事例もありますが、
根本的な解決には至りません。

正直我々一般人が、その資料の不当性を証明することは、
あまりに膨大な量の為難しいところです。

だからこそ、その捏造された資料や情報を鵜呑みにしないで欲しいのです。
白人帝国主義や共産主義から守るための自衛戦争だったこと、
それだけを心に留めておけば、
捏造情報にぶつかったとき、疑心が生まれ、鵜呑みにすることはないでしょう。


以上「日本人が最低限知っておいてほしい大東亜戦争~その1~」で前述した歴史と背景を
踏まえ日本人が最低限知っておいてほしい大東亜戦争論を述べてみました。
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[ 2015/08/17 00:00 ] 歴史 | TB(0) | CM(0)

日本人が最低限知っておいてほしい大東亜戦争~その2~

大東亜戦争で、日本に全く非が無かったとは言えません。
しかし、日本だけに非があったとするのは戦勝国の一方的な断罪であり、
日本だけが戦争の加害者では絶対にないのです。

「日本人が最低限知っておいてほしい戦争~その大東亜1~」で述べた
「●歴史と背景」を踏まえ、日本人として知るべき「あの戦争」は、こうであったと考えます。



●名称は「太平洋戦争」ではなく「大東亜戦争」です

太平洋戦争という呼称が蔓延していますが、正しくは大東亜戦争です。

第二次世界大戦での、東アジア~太平洋における日本と諸外国の戦争局面を指します。
1941年の日米開戦時に閣議決定で「大東亜戦争」と定められましたが、
1937年~1945年の支那事変(日中戦争)も包括します。

GHQにより大東亜戦争は全て太平洋戦争という呼称に置き換えられました。
太平洋戦争という呼称で、日本人が学んでいること自体が、
ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム
(戦争の罪悪感を日本人に植え付ける洗脳計画)
の被害を受けていると言えます。

日本は、八紘一宇の精神を掲げ、欧米列強に立ち向かう強いアジアを目指していました。
八紘一宇とは、「八紘」八方向、
全部の方角、すなわち世界が「一宇」一つの屋根、一つであることを意味します。

欧米列強に対抗出来る強いアジア、大東亜共栄圏の建設を目的とした戦争、
且つ、東アジア(亜細亜)で起こった大きな戦争なので、大東亜戦争で間違いない訳です。



●大東亜戦争は自衛戦争だった

第一次大戦の終戦後、国際協調という新しい世界秩序が生まれます。

それを期待し、守ろうとした日本は、欧米列強に裏切られることになります。

当時の世界は白人帝国主義が蔓延し、アジア、アフリカの殆どは植民地化されていました。

また、史上初の社会主義国家が誕生し、
日本は相容れないイデオロギーを阻止する必要もありました。

その中で、日本が支那へ乗り出すことの何が侵略だったのでしょうか。

日本を守るため、朝鮮半島を守り、朝鮮半島を守るため、満州を守る。
その全てを放棄せよと突き付けられたハルノートに対し、
日本は負けることを承知で開戦せねばならない状況でした。

日本は戦争に負けてしまいました、
その結果、侵略戦争と戦勝国から一方的に非難されているに過ぎないのです。
もし、勝っていたとしたら、(歴史上のifは意味がありませんが)
大東亜戦争は聖戦とされていたのではないでしょうか。



●大東亜戦争は人種解放戦争だった

白人帝国主義が世界中に蔓延し、アジア、アフリカの有色人種は、
全て白人によって迫害、差別されていた時代です。
アジアでは、日本、タイ、中華民国が独立していましたが、その他は列強の植民地でした。

日本は敗戦してしまいましたが、有色人種でも白人に勝てる、
牙を剥くことが出来ることを全世界に知らしめ、
アジア、アフリカ各国の独立気運が高まります。
戦後間もなく、アジアの国々は独立、
1960年はアフリカの年と呼ばれ、アフリカの多くの国々が独立します。
1970年頃までに、殆どの植民地は、欧州宗主国より独立します。
500年以上続いた植民地政策で搾取され続けた国々は、
戦後たった20~30年で独立することになります。

日本人は大東亜戦争を侵略戦争だと、戦勝国から刷り込まれてきました。
しかし、アジア諸国には、しっかりと大東亜戦争を評価してくださる人達、国々があります。


・グラバイ・デサイ(インド弁護士会会長)
「インドの独立は日本のおかげで30年早まった。この恩は忘れてはならない。」
(1946年デリーの軍事裁判に参考人として召還されたときの挨拶)

          ◇

・バー・モウ(ビルマ独立運動家)
「日本ほどアジアを白人支配から離脱させることに貢献した国はない。
 真のビルマ解放者はアトリー率いる労働党政府ではなく、東條大将と大日本帝国政府であった。」
(独立宣言)

          ◇

・ガザリー・シャフエー(マレーシア外相)
「日本なくして、東南アジアの独立はありえませんでした。」
(世界から見た大東亜戦争)

          ◇

・ククリット・プラモード(タイ首相)
「日本のおかげでアジア諸国は独立した。
 日本と言うお母さんは難産して母体を損ねたが、生まれた子供たちはすくすくと育っている。
 今日、東南アジア諸国民が米英と対等に話できるのは、一体誰のおかげであるか。
 12月8日(真珠湾攻撃)は我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して重大な決心をされた日である。
 8月15日(終戦)は我々の大切なお母さんが病の床に伏した日である。
 我々はこの2つの日を忘れてはならない。」
(サイアム・ラット紙)

          ◇

・アーノルド・J・トインビー(イギリス歴史学者)
「第2次世界大戦で、日本人は日本のためよりも、大東亜共栄圏に含まれた国々に利益をもたらした。
 日本人が歴史上に残した最大の功績は世界を支配していた西洋人が不敗の神ではないことを示したことである。」
(アーノルド・J・トインビー回想録Ⅱ)


などがあり、まだまだこれら以外にもたくさんの正当な評価があります。
日本人は、こういう方々を、知らなければなりません。


当時の日本が、対白人を当初から理念に掲げていたと断言することは出来ません。

第一次大戦で戦勝国となり、五大国の一員、
常任理事国となった日本はパリ講和会議で、「人種平等案」を提出します。
この案は賛成多数で可決されましたが、英米の反対により一方的に否決されます。

このことから、日本は、白人主体の世界に一石を投じようとしている姿勢と、
欧米列強は白人主体主義を継続したい意向も伺えます。

結果的に有色人種のための人種解放戦争でもあったと言える訳です。


日本人が最低限知っておいてほしい大東亜戦争~その3~」へつづく

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[ 2015/08/16 00:00 ] 歴史 | TB(0) | CM(0)
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